Be Okay

とりあえずさ 今日、なに食べた?

ダニッシュミニクッキーは教育

 初めての『食べた』を何にすべきか、悩みに悩んで15秒。

 コペンハーゲンから発売されている『ダニッシュミニクッキー』に捧ぐことにしました。

 

コペンハーゲン ダニッシュミニクッキー 250g

コペンハーゲン ダニッシュミニクッキー 250g

 

 

 コペンハーゲンデンマークの首都の名を冠するこのブランドは、ビスケットメーカー『ケルセン』が保有しているとのことで、ざっくり同メーカーのお菓子を見てみましたが、多分日本で一番有名なのも、このダニッシュミニクッキーかな? 私はケルセンと聞くと、ポーランド食器のほうが浮かんでしまうんですけど、デンマーク王室御用達とのアオリを見たので、高貴なカロリーを摂取して王家の血を巡らせたい人間にオススメです。

 御覧の通り、レビュー数は2018年9月現在で1000件超えて尚、★4をキープ。価格もお手頃な上、開封時から350円ぐらいの元は既に取れている気すらするGood Designなカンカン付き。コペンハーゲンの名前通り、北欧で殴りつけてくる感じの柄ですね。

 一度も口に運んだことはなかったものの、その存在は2016年頃から知っていました。

 TLのプロメテウスと呼ぶに相応しい、先駆けとなった購入者の食レポツイートによって齎されたダニッシュミニクッキーは、Amazonでの高評価とのギャップから次々と友人たちの興味をそそり、買い物カートへ入れられ、ご自宅へお届けされました。『缶についてくるクッキー』『鑑賞用ちんすこう』『クッキーババアの隠し子』等、散々揶揄されたこのクッキーはやがてダニキと呼ばれ、身内ネタとして定着していったのです。

 私も一様に、ダニキダニキギャハハと女児らしく笑いつつも、購入に踏み切れずにいました。美味しいが保証されたものしか買いたくない、素直なデブだったから。

 それから、一年、二年と月日が経ち、腹とともに心も育ってゆきました。カロリーは腹回りの余裕と引き換えに、心の余裕を生んでくれるのです。仮にもデブを名乗る者ならば、食べてもいないものをネタにしてはいけない。そう思うようになりました。私に与えられた選択は二つ。食べるか、止めるか。迷うことなくダニキに背を向けた時、一人の友人が私の肩を叩きました。

 ダニキを携えて。

 友人が齷齪働いて稼いだお金で贈ってくれたダニキを、どうして無視することができるでしょう。正直、数日前にダニキをダブルで贈りつけていた負い目もありました。

 いいよ、やろう。ダニキ。僕ら、やってやろう。何のためにクッキークリッカーをこのご時世までプレイしてる? 何年孫やってんだ? 今日のためだろ? 今日、ダニキに腹を明け渡すためにババアを散々いからせてきたんじゃなかったのか? クッキークリッカーという神ゲーが今年の8月に五周年を迎え、記念アップデートされたんだろ? よろしくお願いします。

 

 

 アルミを捲り上げ、開封……した直後。焼き菓子あるあるの通り、まず、香る。あるあるがあるかは知らんけど、マドレーヌもパイもナッツバーもワッフルもマフィンもガレットも、過去例外なく香ってきた。焼き菓子は開封時にまず香る。少なくとも、ダニキは第一香で自身が焼き菓子であると証明してくれた。

 いい香りでしたね。濃厚でも薄いでもない、ブラックシュガーが強めでちょっと鼻にひっかかるような感じがするの。あれに似てたね。アーモンドリーフ。アーモンドリーフが好きな人間なので、もうこの時点で腹は「よし!通れ!」とガバガバ判定下してるんだけど、いかんせん、二年。二年脅されてきたわけですから、手がダニキを運ばない。口元に下がらないまま、延々鼻先へ突き出してる状況なんですね。運搬放棄。永遠に嗅いでしまってた。永遠に嗅いでいると、奥のほうが詰まってスーーッスーーッとリズムを刻み始める。人間、いわゆる『音楽』と呼べるレベルのリズムに出会うとちょっと陽気な気分になるのか、はたまた私の鼻息にヒーリング効果があったのか、スーーッを聴いていると「食べればいいじゃん」の気持ちになってきて、ダニキはようやく口内へ。

 さ~てどんなもん あっ……

 なん……

 

 あっ……

 

 割れた。舌に溶けるような感覚は皆無。小麦粉で出来た菓子って結構、口の中に長く入れていると舌で潰してさらっと溶けるようなものが多いのですが、溶けない。しかも、砕けない。ダニキモンドは砕けない。歯を噛合わせるような感覚が近い、砕けたんじゃない。割れた。ダニキが割れた。そして歯に詰まる。詰まったダニキは勿論、溶けない。詰まって尚、その習性を失ってない。舌で舐めても舐めても溶けない。がんこ。『溶けないこと』への帰属意識は高いが、『焼き菓子』としての種族意識は低いようで、歯のエナメル質を寝床としたやつらは全員、味を失っている。

 やつらを詰まらせておくことで、二口目以降が詰まらないというチートコードを発見した私は放置を決意。食感は判った。よく味わおう。

 割れた後に、若干バナナのような風味がじわ……じわ……と口内へ広がる。甘くはない。しょっぱくもない。味を探ろうと舌の上でそのまま遊ばせておくと――ブラウンシュガーと塩の風味が突如として倒れ込む。お互いがお互いの旨味を消し合ったのか? いや、違う。無くなったのではない。何かに隠され、味覚が二人を追えなくなった。第三勢力だった。場外乱入……? いや、そんなわけない。ダニキ以外何も口にしていない。元からリングにのぼっていたものでしかありえ………………レフリー? ハッ、と思い当たると同時、倒れ込んだ二人を見つめ、俯いていたレフリーが、顔を上げる。

 小麦粉がそこにいる。焼き菓子のベースとして、一様に公平な立場でいたはずの小麦粉。彼が……彼が、自身の味を主張するなど、一体誰が予想できたというのだろう。彼だけが、巍然としてリングに立っていた。お前は今まで、ほぼほぼ小麦粉で構成された物を“クッキー”と呼び慕ってきたのだ。その正体は――私だ。そう、判っていたはずの事実を、残酷にも突きつける。
 舌で呆気にとられていた味覚受容体細胞たちが我に返り、お前じゃねえけえれと騒ぎ出す。ブーイングがすごい。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味なんだっていい! とにかく探せ! と口内を必死に漁っている。けれどそこに息ある砂糖はなく、塩もない。信号は脳へ届かない。騒ぎに紛れるように、小麦粉はその風味だけを残して、喉奥へと消えていった。

 

 ――夢かもしれない。

 歯にまだ無味なものが詰まっているけど、夢かもしれない。無味なので、実質の無。これはもはやエナメル質。私の歯の一部。だからさ……な、つごもり。

 一枚目、いこう。

 

  いった。今度は溶けるように工夫しながら食べてみた。

 コツとしては、奥のほうで数回ぐっぐっと前にずらすように噛んでから溶けるよう促すと、それなりに焼き菓子らしく溶けてみせ、いくらかのざらざらとした塊になって残り、焼き菓子らしさまで律儀に溶けきる。その塊にクッキーの舌触りはなかった。思わず缶をひっくり返し、『このラベルはきれいにはがせます』をきれいにはがしてから、食品表示に『ドライゼリー』を探す。

 ……無い。ダニキはドライゼリー入りのクッキーではないのだった。正体を探るため、一思いに噛んでみる。ドライゼリーではない。食品表示は嘘を吐かない。

 デブは食物への理解を諦めない。懸命に記憶を遡り、今まで食べた物の中に同じ食感を探す。デブ界のメロスと化し、たんぱく質山、脂質山、炭水化物山……様々なカロリーマウンテンを、口内で待つ食物(とも)に名を与えるため、走り抜ける……………………

 記憶に無かった。

 山々を超え、食物に例えることを諦めた時、ようやく、この塊への呼称が浮かぶ。布を噛んでいる。人間だけど、細切れの布をなぜか食べている。細切れの布を食べた記憶はなかったが、脳が学習する。この塊に細切れの布の味とラベルを貼り、学習してしまう。

 人類は、数あるクッキーの中から自由をもって製品選び、味を楽しむことのできる生き物に生まれついた幸運を捨ててまで、細切れの布の味を学習すべきじゃないと思う。だから、手間をかけて溶かさず、さっさと噛み、割り、食べよう。私たち、そうやってダニキを味わおう。

 

  こうして、私の人生にダニキが加わった。

 最初に書いた通り、缶の造りがとてもいい。柄だけでなく、蓋も柔らかいため開け閉めの手間が少なく、開封一週間後も湿気とは無縁だった。つくづく、手に取りやすさを意識してデザインされたのであろうことが判り、感嘆する。缶コーヒー等のプルタブ下の凹みだとか、そういう、使ってみた時に不便を感じない機能美の高いデザインが好きなので、ダニキの缶の手に取りやすさにはニコニコした。片手に余るぐらいの大きさなので、ドーム型のプリザーブドフラワーなんかをはめ込んだ小物入れにしたら可愛いんじゃないかなと画策中。

 250gの表記に偽りなしのみっちり具合、賞味期限が一年強、乾パン並の満腹感。どれをとっても、明らかに非常食に向いている。インスタ映えする非常食……そんなことを思いながら、ひと月が過ぎた頃。

 

 ダニキが、いなくなってしまった。

 

 真っ先に誘拐という言葉が思い浮かぶ。うちのダニキに限って、ほかの人間から手をだされるなんてことはないはず……脱走? 焦慮に駆られたまま、昨晩の様子を思い出そうとする。食べても食べても、「まだあるよ」と無邪気に笑っていたダニキを――、……? …………私は、何を言ってるんだろう。

 ダニキは私が――私が、食べたんじゃないか。

 食べたから、と堂々とネタにしながらも、湿気ることを恐れて手を伸ばした数日間。それは習慣になって、数時間に一枚、ガムに求めていた口寂しさを、いつの間にかダニキに求めるようになっていた。「食べても減らない」と、残量が1/3を切って尚、口にしていたのは……なぜだったのだろう。

 自覚した途端、走馬灯のように、ダニキとの思い出が脳内を駆け巡る。香りを漂わせるくせ、口に含むといなくなる砂糖。胃のちょっと上あたりで確かな圧迫感を与えては、自分の存在を教えたがる可愛い子。一口サイズの外見から、手が伸ばしやすい・誰の口にも合う……そう勘違いされてしまうことに悩んでた。彼女は軽い子なんかじゃない。507lcalある、立派な小麦粉だった。満腹中枢と付き合ってんのか? と囃し立てられるたび歯の窪みに隠れる奥ゆかしさを湛えた、私の――。

 ダニキ……ダニキ。空の缶を前に、呼びかけは何の意味も成さなかった。彼女の纏っていたブラックシュガーの香りばかりが強くて、口内にただ、唾液が溜まる。

 今、この瞬間だけ。泣きたいほど、食べたかった。

 

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後悔先に立たず
【読み】 こうかいさきにたたず
【意味】 後悔先に立たずとは、すでに終わったことを、いくら後で悔やんでも取り返しがつかないということ。